micchiiiのブログ

子育て中の母のひとりごと

北海道胆振東部地震から1年…①

こんにちは!みっちーです(o^^o)

 

9月6日。

北海道胆振東部地震から1年が経ちました。

 

私の住む地方では、震度5強を観測しました

 

人生で初めての揺れでした。

 

激しい揺れと、けたたましいアラーム音で飛び起き、急いで子どもを守りに行きました。 

経験したことのない揺れだったので、大きい被害が出ている可能性が高いと一瞬にして感じました。

 

状況を確認しようと、テレビをつけましたが、まもなくしてブラックアウト…

 

真夜中の出来事だったので、真っ暗。

 

子どもたちは不安で落ち着かなく、でも、励まし、おしゃべりをしているうちに3人ともまた、眠りにつきました。

 

幼稚園、小学校は、休校。

 

主人は職場に携帯電話の充電に来る人で長蛇の列ができているということで、出勤しました。

 

また、いつ余震が来るかと、3人の子どもを抱え、私も不安でいっぱいでした。

 

情報源がスマホしかなく、充電のために車と家の行き来を繰り返して生活しました。

 

子どもたちは車のテレビ、DVDでだいぶ癒されていました。

 

あまりにも生活スタイルが変わりすぎて不安な中、いつも通りのテレビ、DVDには、私も本当に助けられました。

 

テレビで情報を得たいけど、地震の瞬間、停電の瞬間などが繰り返し放送されるので、控えていました。

 

子どもだけではなく、私もかなり精神的に辛い不安定な状態でした。

 

夕方、薄暗くなってくると、子どもたちが不安で落ち着かなくなりました。

携帯のライト、懐中電灯など、家中の明かりを灯しますが、たかが知れています。

 

音のない世界、暗闇に落ちていく…

暗く長い夜のはじまりです。

 

主人が仕事から戻ると全員でホッとして、みんなで体を寄せ合って過ごしました。

 

 

我が家は、オール電化

 

食材の調理、お風呂、あかり、エアコンなど、生活の中心に電気が使われているため、本当にどうしていいかわからない状態でした。

 

水、インスタント関係、子どものお菓子は備蓄してあったので、食べ物には困りませんでした。

IH調理器も使えなかったので、カセットコンロを出して使いました。

 

 

いつもの夜は、みんなで食卓テーブルでワイワイ食事をしたり、テレビを見たり、お風呂に入ったりしていたのに、電気がないので、薄暗い中、食べ物にライトを当てながらの食事。

食欲なんてでません…

 

シャワーも水なので、誰も入りません…

 

あとは、不安なまま寝るだけ。

 

普段は夜泣きをしない上の子、真ん中の子も含めて、順番にうなされて起きました。

また眠るまで寄り添う…と繰り返し朝を迎えました。

 

明るい朝にみんなホッとして起きました。

 

でも、同時に、また今日も電気が戻らなかったらどうしよう…と不安ばかりがつのります。

 

励まし合いながら電気の復旧を待ちます。

 

そんな中、水の出が悪くなります。

水が止まるとのデマが流れ、水を溜め込む人が増えたことが原因のようでした。

 

水を溜め込みすぎないようにと、市の宣伝カーが走りました。

 

そして、今度は携帯電話が使えなくなるとの情報が流れ出します。

 

デマであってほしいと願いましたが、次第に電波状況が悪くなり、頼みの綱のスマホもつかえなくなりました。

 

私の不安もピークに達しましたが、不安そうな子どもに、不安な顔は見せたくないと思い、母の意地で不安な気持ちは隠し通しました。

 

ブラックアウト、2日目も夕方になり、薄暗くなってきました。

みんなの不安はまた大きくなります。

上の子は、不安に襲われるたびに涙を流していました…

 

車で5分ほどの親戚の家は、ブラックアウト1日目の夜に、電気が復旧したと聞いていました。

親戚の家の近くには、大きな病院、変電所があったので、住宅街の我が家より復旧が早かったのかも知れません。

 

ブラックアウト2日目も真っ暗になりました。

主人の提案で、電気が復旧している親戚の家方面にドライブに行くことになりました。

あかりを見ることで子どもたちに希望が生まれるかなと期待しました。

 

家を出ると、足元が見えなくて前に進むのが怖いくらいの暗さ…

 

車の中のあかりにホッとして、ドライブスタート。

 

信号も消えてるので、慎重に、譲り合って進んでいきます。

 

真っ暗な道を進んでいくと、ほんのり明るくなってきた事に気づきます。

 

明るい街灯が次々と目に入ります。

街灯の灯りがこんなに嬉しく、愛おしくなったことはありません。

 

親戚宅付近は明るかったのですが、2〜3分進むとまた、真っ暗…また少し進むと明るい。

 

と繰り返していました。

 

販売中の自動販売機を見つけ、久しぶりに冷たい飲み物をゲット!

 

もう少しでうちにも電気が戻ってくる!

 

そう信じ、帰宅。

 

帰宅途中に、さっきは消えていた場所に電気が💡もしかして❣️と思いワクワクして自宅近くに行くと、隣の家の電気がついてる‼️

 

もうすぐ、もうすぐうちにも電気がつく!

そう信じ、家の中に入ること30分。

 

✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨

 

電気がつきました🤩

みんな眩しくて目を細めました。

 

✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨✨

 

まだまだ、余震があったり不安はたくさんありましたが、みんなに笑顔が戻り、長い長いブラックアウトは終わりました。

 

スマホも使えるようになり、幼稚園や小学校の今後の情報を知ることができ、少しずつ私の不安も解消されていきました。

 

ブラックアウトが終わり、徐々にいつもの生活に戻っていきました。

 

でも、食料品売り場は、なかなか元どおりにはなりませんでした。

 

特に、牛乳を筆頭に乳製品、豆腐、卵などの不足は痛手でした。

 

スーパーの食料品売り場1列、上から下まで全て空っぽとか、冷凍庫の中身がないとか、そんな状態が1ヶ月くらい続いたでしょうか。

復旧してからも購入できる数の制限がしばらく続きました。

 

節電のため、食料品売り場の商品を照らすライトもついていませんでした。

現在は節電要請がないので、元どおりに明るくなっていますが、私はそのままでもよかったかなと思ってます。

 

 

とっても長くなってしまいましたが、読んでいただいてありがとうございました🙇‍♀️

 

ブラックアウトから1年経った家族の変化、ブラックアウトの時にあってよかったもの、必要だと思い用意したもの、嬉しかったことなど、また後日、

北海道胆振東部地震から1年…②に書きたいと思いますので、お時間のある方は覗きにいらしてください😀